『欅之碑』欅の西側(グランド側)建っている。 ![]() 《おもてに刻まれた文を読んでみましょう。》 ![]() 昭和41年(1966年)1月20日 欅の大樹が 茨城県石岡市より到着 翌21日 前庭中央に植えられた 創立3周年を機に 本校の象徴を大空に映さん との趣旨であった 翌22日には 校旗校歌制定の発表会が催され 更に29日には 3周年記念式典と 体育館開きが行われたが この日 歌人 高原博氏より 歌一首が贈られた 「この植ゑし 欅が茂りゆく空の 高きに翼張る鳥も見む」 それから満10年 既に 3800の卒業生が翔びたち 欅は 更に高く両手をかかげて立つ その志向するところに 今後幾千の後につづく 若者たちの翼の音を聴かんとして 植樹10周年を記念し この碑を建てる 昭和51年3月27日 静岡県立静岡東高等学校 ![]() (注:実際の文は、縦書き。漢数字を使っています。) 『欅之碑』の裏側![]() よく見ると最後に 碑石 旧招魂社用石 寄贈 田中英吉 と彫られている。 (招魂社とは、靜岡縣護國神社の前身。 葵区北番町にあったが、昭和17年に柚木へ移転した。) http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja/6003.html 「この石は、賽銭箱の前の、 踏み台として使われていたものです。 父は、それを手に入れ。 庭で保管していました。 当時、東高の後援会組織は、人数も少なく 資金不足で大変苦労していました。 ![]() そんなわけで、庭にあったこの石を 縦半分に切って碑石として寄付したのです。」 《静岡東高1期生 田中 満さん談》 静岡東高1期生の
田中 満(たなか みつる)さんから 古いアルバムを見せていただいた。 それは、当時、 静岡東高のPTAの副会長をされていた 田中さんのお父様 英吉(えいきち)さんが残された遺品。 『開校まもない東高』 の 写真をあつめたアルバムだった。開校時、北側校舎の西部分。 最初は、たったこれだけの校舎しかなかった。 『産まれたばかりの東高。まだちっちゃいね。』![]() つぎの年の入学式までに、 北側校舎の東部分が、ようやく完成。 『すくすく育ってるぞ。』![]() 2年目も、 南側の本館を建築中。 『どんどん大きくなあれ。』![]() 3年目の入学式までに、本館完成。 『いっちょまえになってきたな。』![]() 東高のシンボルとなる けやき が植え込まれる。 『みだしなみも、ととのえます。』![]() 英吉(えいきち)さんが、 東北まで足を運んで、さがした木です。 (結局は、関東の茨城県で、みつかりました。) 「寒い地域で育った木は、苦労して育つため、 年輪がこまかく、丈夫で、よい木が多いのです。」 と建材屋さんを営まれている田中さんは、語っていた。 『 けやきは、 今も、天に向かって、 枝を伸ばしつづけている。 各地に広がって 活躍する、東高生みたいだ!』2005.8月の欅はこちら ![]() http://nagano.blog16.fc2.com/blog-entry-32.html | ||
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